■ 種取り名人の“最期の覚悟”
「ワシが死んだら、このタネは全部燃やす」
これは、YouTubeで公開された
あるインタビューの中で語られた言葉です。
話していたのは、
長年にわたって
固定種の野菜の種を守り続けてきた
「種取り名人」と呼ばれる農家の方でした。
その言葉は、単なる感情的な嘆きではありません。
現代農業の構造や、
社会全体の消費の在り方に対する深い問題提起であり、
静かな抵抗の意思表示でもあります。
私たちは今、「命の始まり」であるタネさえも
自分たちの手で守れない時代に生きています。
だからこそ、この名人の言葉に込められたメッセージを、
私たち一人ひとりが真剣に
受け止める必要があるのではないでしょうか。
■ 一代限りの命――F1品種という仕組まれた構造
現在、
スーパーに並んでいる野菜や果物の多くは
「F1品種(雑種第一代)」と呼ばれる
人工的に交配された品種です。
異なる品種同士を掛け合わせることで、
形を整え、収穫時期を揃え、
大量に流通できるように作られています。
しかし、F1品種は一代限りであり、
農家が自家採種(タネを採って次世代を育てること)
をしても、同じ性質の野菜は育ちません。
つまり、農家は毎年、種を買い直す必要があるのです。
これは偶然の結果ではなく、
最初から農家を企業に依存させるために
仕組まれた構造なのです。
かつての農家は、タネを採り、
それを次の季節に蒔くことで、
命の循環を当たり前のように守ってきました。
しかしF1品種が主流となった現代では、
その循環が断ち切られ、
農業が“契約と販売”の
論理に支配されるようになってしまいました。
■ モンサント社と“戦争の遺産”が作った農業の姿
F1品種の普及や、
農薬・除草剤の一体的な販売を推し進めたのが、
アメリカのモンサント社
(現在はバイエル社に買収されています)です。
モンサントは、
もともと軍需化学企業としてスタートし、
ベトナム戦争では枯葉剤
(エージェント・オレンジ)を製造していました。
戦争が終わり、
余った化学物質の“再利用先”として
目を付けたのが、農業だったのです。
- 枯葉剤 → 除草剤「ラウンドアップ」へ
- 化学兵器技術 → 農薬や化学肥料へ転用
- 遺伝子操作技術 → 遺伝子組み換え作物(GMO)へ応用
このようにして、
**軍需産業と農業が融合した
“化学農業時代”**が誕生しました。
さらにモンサントは、
GMO作物に
「自社の除草剤にだけ耐性がある」という設計を施し、
タネと農薬をセットで販売する戦略を展開しました。
農家はタネの再利用を禁じられ、
契約を結ばなければタネすら使うことができません。
これは、命の源であるタネを
“企業の所有物”にしてしまう、
非常に危うい構造です。
■ GMOとF1が引き起こす食の“画一化”と“脆弱化”
GMOやF1品種の普及は、
単に農業だけの問題ではありません。
私たちの食卓にも、重大な影響を及ぼしています。
- 味や栄養価の低下
- 化学肥料や農薬による土壌・水質汚染
- 健康被害
(アレルギーや腸内環境の悪化、 不妊との関連も指摘されているなど)との関係 - 地域ごとの在来種や固定種の消滅
遺伝的に均一な作物ばかりを育てるということは、
環境変化や病害虫に対する
耐性が弱くなることでもあります。
その結果、より強力な農薬や化学処理が必要となり、
自然環境と人間の健康が、
ますますリスクにさらされています。
■ 安さや便利さを追い求める私たちにも責任があります
こうした状況を作り出しているのは、
企業だけではありません。
私たち消費者の選択もまた、
大きな影響を与えています。
- 「見た目が良くて形の揃った野菜がいい」
- 「とにかく安いものが欲しい」
- 「手軽に買えるものが便利」
このような価値観のままでは、
自然な農法や在来種の栽培は
ますます難しくなります。
手間がかかり、
収穫量の少ない固定種は、
「採算が合わない」という理由で
市場から姿を消してしまうのです。
私たちは、安さや便利さを求める一方で、
「本当に大切なもの」
を見落としてはいないでしょうか。
どのタネを選び、どの食を選ぶかという行動は、
未来への“投票”でもあります。
■ 「燃やす」という決断に込められた願い
種取り名人が
「タネを燃やす」と決意した背景には、
深い絶望と憤りがあります。
- 誰もタネを守ろうとしない
- 味よりも効率が優先される
- 採種の技術を学ぶ若者がいない
- F1やGMOとの混在によって、
純粋なタネが汚染される
「せめて自分の目の届くうちに終わらせたい」―
―そうした覚悟が、
この言葉には込められているように感じます。
■ タネを取り戻すために、私たちができること
では、私たちはどうすればよいのでしょうか。
- 固定種や在来種の野菜を選ぶ
- 地元の小規模な農家から直接買う
- 自分で野菜を育て、タネを採ってみる
- 食の背景に関心を持ち、情報を得る
- 安さや便利さに流されず
「いのち」に目を向ける
そして、タネの物語や価値を、
次の世代に伝えていくことが、
何よりも大切です。
■ おわりに――安さの先にあるもの
私たちは、
いつから「安いもの」「便利なもの」が
最も価値ある選択だと
思い込むようになったのでしょうか。
効率だけを追い求めた結果、
私たちはタネという“命の源”すらも、
企業に依存するようになってしまいました。
そしてその背後では、
農家の自立が奪われ、
自然環境が破壊され、
食の多様性が失われています。
「ワシが死んだらこのタネは燃やす」
この言葉は、タネを愛し、
命を守ってきた一人の農家の叫びです。
その叫びを他人事にせず、
私たち一人ひとりが行動を変えていくこと。
それが、命の循環を未来へとつなぐ
唯一の道なのではないでしょうか。
◇タネが危ない 野口勲 (著)
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